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日本の最上の紳士

 投稿者:佐久の機械屋  投稿日:2016年 8月 5日(金)13時24分24秒
返信・引用
   「私は大きい感動にゆすぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでも揺り動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである」
(マッカーサー回想記ダクラス・マッカーサー著)
会見当日、戦勝国側の代表という立場を誇示するためか、昭和天皇が公邸に到着されたとき、マッカーサーは、出迎えはしませんでした。ところが会見が始まると、昭和天皇は、マッカーサーがまったく予想もしていなかったことを話されたのです。それは次のような言葉でした。「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした。このうえは、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」 これにはマッカーサーも心底おどろいた。命乞いどころか、自らの命を差し出す覚悟を持って、陛下は「全責任を負う」と言い切られたのです。つまり日本が戦争で行ったことのすべてを昭和天皇が一人で背負いこみ、すべての日本国民を守ろうとされたということです。これ以降、マッカーサーは昭和天皇に対する態度が一変します。陛下が公邸に到着されたときには傲慢な態度で、玄関に出迎えることすらしませんでしたが、会見を終えてお帰りになる際には、まるで侍従長のようにうやうやしい態度に変わり、公邸の玄関まで出てきて、丁寧に陛下を見送った姿が目撃されています。もちろん見送りなど当初の予定にはなかった行動です。
(広池幹堂著 歴史の金言)

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出藍の誉れ

 投稿者:佐久の機械屋  投稿日:2015年12月18日(金)11時26分3秒
返信・引用
   弟子が師よりも優れることである「学を以て已(や)むべからず。青は之を藍より出て゛て、藍よりも青く、氷は水これを之をつくりて、水よりも寒(つめた)し」青色はもともと藍草からできるものだが、藍よりも青く、氷は水からできるものだが、水よりもつめたい。とは紀元前4世紀の末期、筍況(しゅんきよう)という人が云った文句である。これは、人間には天から授かった天性というものがあるが、学問によって天性をよりよく伸ばすことができるということである。高い所へ登って手をふると、腕が伸びたわけではないのに遠くの人にも良く見える。風上から叫ぶと声を高くしたわけではないが、相手には良く聞こえる。馬車を利用すると、俊足になったわけではないが千里の道も一日で行く。
 君主として生まれながら人より優れていたわけではない、物の利用の仕方が上手なのであるとのべている。
 学んで得るのである。学べば識見、つまり物事を正しく見わける能力も高くなる。言い換えれば、上に立つ者の条件の多くは学ぶことによって得られるということになる。何事によらず、実践して学ぶ、学んで実践することは、立派な成果を得るためには欠くことができない。学んで行かないのは学ばないのと同じで、行うために学ぶのである。聖人孔子も「自分が生まれながらにして博学であったわけではない。先賢の教えを学んだだけである」といっている。  ( 井原隆一薯 帝王学 )

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人を見る眼を磨きたい

 投稿者:佐久の機械屋  投稿日:2015年 7月16日(木)11時22分18秒
返信・引用
  人材を登用するさい、部下からの推薦と自薦がいいのか、これは古くて新しい問題である。登用の門戸を広く開いておくという意味では、両者の併用も考えられていいのではないか。ただし、どちらの方法を採用するにしても、必要になるのが人を見る眼である。はたして人材の名に値する人物なのかどうか、登用する側はしっかりと見極めてかかる必要がある。その眼を持たなかったら、折角の人材を取り逃がしたり、似て非なる人材を掴んだりして、後で後悔する羽目になりかねない。それゆえ、人を見る眼を常に磨くことも、トップやリーダーにとっては必要な条件である。
中国古典は、幾つもの人物鑑定法を取り上げている。第一は、顔つきである。いい加減なことばかりしてきた者は、顔つきにもそれが現れてくるということだろう。第二は、発言である。中身の無い人間は、埒(らち)もないことをへらへらしゃべるということかもしれない。だが、この二つだけではこころ持てない。最後の決め手として、第三は、行動である。今なにをしているのか。さらにさかのぼって、今までどういうことをしてきたのか。そこまで調べて対応すれば、大きな身損じは生じないであろうというのだ。これはあくまで原則であって、毎日の仕事の中で、時には身損じの失敗をしたりしながら経験を積むことによって磨かれる。
(守屋 洋薯 貞観政要のリーダー学 )

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佐久の機械屋

 投稿者:tomono  投稿日:2015年 6月24日(水)11時00分16秒
返信・引用 編集済
   【今月の一言】  呻吟語(シンギンゴ)
明の呂坤(リョコン)が自らの体験を基に残した「呻吟語」は、いまの経営にも通じる言葉である。
呻吟とは痛みに堪えかねて発するうめき声のことだ。
誰もが痛みは体験しないと分からないものである。しかも、体験したとしても、その痛みが治ればまた直ぐに忘れてしまう。経営も同じで、不況のときは、「また好況にならないものか」と好況を待ち望むが、好況には好況の苦労がある。いざ好況になると、自分が待ち望んでいたことを忘れ、また別の悩みが出てきたりする。呂坤はそれを忘れぬために呻吟語の中に、機に応じて、正しい判断を下す際の指針である「四要」を残した。
一、 絶好の機には、思い切って断行せよ。優柔不断であってはならぬ。
二、 信念は貫け。途中でくじけるな。
三、 いかに急を要する時でも思慮深くあれ。軽々しくやるな。
四、 不測の事態には、素早く問題を把握して機敏に対処せよ。ぐずぐずするな。
                                   ( 牟田太陽 経営の原理原則 )

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ハーメルンの笛吹男

 投稿者:tomono  投稿日:2014年 8月22日(金)14時44分56秒
返信・引用
  『ハーメルンの笛吹き男』は1284年の6月26日にハーメルンで実際に起こったといわれる。
 130人のこどもたちが一夜にして町から消えた伝説に基づいた悲しい物語である。
昔々ハーメルンの町で大量にネズミが発生して、悪さをするのでこまっていました。ハーメルンの人達が困っていたところに、『私はネズミを退治することができます』とカラフルなマダラ模様の服を着た笛吹き男がやってきました。町の人達はこの男にネズミ退治をお願いすることにした。笛吹き男は笛の音によってねずみを誘って溺れさせた。町の人は笛吹き男がネズミを退治してくれたのにもかかわらず、お金を払うのがもったいなくなって、約束の謝礼金を支払わなかった。そればかりか、いろいろと文句つけて男を町から追い出した。6月26日に笛吹き男は再び町にやってきて、笛を吹き始めました。すると町中のこども130人が笛吹き男についていき、町からこどもがきえてしまった。ハーメルンの町に語られるこの話。なぜきえたかには既に多くの説が出ている。病気、移住、こどもの十字軍に、伝染病にかかったとかなど。どちらにしても真実は闇の中。ただ、町のこども達が消えた史実だけは現実のものとしてかたられている。日本人が大切にすべきことは何か。
価値基準がいまだに地位や金、能力で、地位、金などに無関係な、誠実さを評価する気概がない国は危うい・・・歴史家が残した言葉は重い。
(ハーメルンの笛吹き男 安部謹也〔一橋大学元学長〕・信濃毎日新聞 斜面・他から)

 

人生の幸不幸は予測できない

 投稿者:tomono  投稿日:2014年 7月25日(金)14時50分49秒
返信・引用
   中国の北方の辺境の要塞の近くに住む翁がおり、その翁の馬がある日、逃げ出して北方の異民族の地に行ってしまいました。人々は気の毒がり翁に声をかけます。しかし、翁は「そうとも云えんよ」とうそぶいていました。すると逃げ出した馬は北方から駿馬を連れて戻ってきました。人々は翁に良かったじゃないかと祝福しました。 すると翁は同じように「そうとも云えんよ」と答えた。北方から戻ってきた駿馬により翁の家は栄えましたが、翁の息子は乗馬好きになってしまい、仕事もせずに乗馬ばかりしていました。そんなある日、翁の息子は落馬して足を骨折し、一生足が不自由になってしまいました。人々はかわいそうにと翁に声を掛けますが、翁はまたまた「そうとも云えんよ」と答えました。翌年翁の住む近くの要塞に北方の異民族が大挙して来襲し、その地域の若者のほとんどが戦死してしまうほどの激戦を繰り広げました。しかし、翁の息子は足が不自由なため、戦闘には参加せず生き延びました。この物語から准南子(えなんじ)の著者劉安(りゅうあん)は、「人生の幸不幸は予測できない」と解説した。                                      (故事成語より)

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意志の強い妻に

 投稿者:tomono  投稿日:2014年 6月19日(木)16時04分5秒
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   【今月の一言】  意志の強い妻に見習って長寿
幸いにも、あと5年で100歳に届くところまできて、健康あっての人生と、心から感謝します。
それも意志の強い妻の存在に負うところが多々あるのです。私より一つ年上の妻は、元来丈夫な体でしたが、1昨年、脳梗塞になりました。今年の1月に急性肺炎で入院し、生死の境をさまよいました。妻は「苦労して鍛えた体は、そうたやすく崩れるものではない。もしも、死んだとしても、それは病気のせいではなく、寿命が尽きて死ぬのだから」と話していました。そうした意志の強さと割り切りがあるためか、病気に打ち勝って、今も曲りなりにも長寿の道を歩いています。そうした精神力を持って人生を歩く姿の尊さを妻に教えられ、私も見習っている今日です。                           (信濃毎日新聞 04.11.24 建設標 島崎 巌 95歳 農業)

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アベノミクスまだ届かない

 投稿者:tomono  投稿日:2013年10月16日(水)17時01分7秒
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   此処へきて、人員整理,希望退社募集が目立ちます。佐久においても、この一年工場の閉鎖や、統合などありました。殆どの企業が、子供に金が掛る35歳以上が対象でグループ全体で300人近い人を整理という会社。部門によっては、忙しくなったところも有るが、全体では相当な落ち込みと云う。リーマンショックの2~3年前に35億円の投資をしての新工場、この5年新卒を採らず、退職者の補充もせずに、ここまでやってきたが、最後の手段として年明けに200人全員整理を発表した会社。佐久の工場を閉鎖して、中国行きの片道切符を切られ殆どが辞めざるを得なかった会社。新潟に統合した会社。求人面接者の中には、この5年昇給・賞与は無く、2か月前の稼働が12日と、まだまだ厳しい状況にある会社。又株安、燃料の高騰、食品の値上。消費税の値上げと。これから先も悪い材料が目立つ。シリア攻撃にアメリカが踏み切れば、世界経済は、一時的には失速し、株も暴落も有り得るし、尚更ガソリンは値上げとなると云う。別な見方として、近い内にオバマ大統領は強いアメリカ、強いドルの戦略に踏み切る計画。その場合1ドル120円台も有り得ると? だが、アベノミクスは地方の中小企業までは、未だ届いてはいない様である。

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東京都議選

 投稿者:tomono  投稿日:2013年 9月30日(月)12時00分42秒
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  新聞報道によると、7月の参議院選の前哨戦とも云われている東京都議選(定数127)開票結果は自民と公明両党の候補が全員当選、過半数の64議席は大きく上回って圧勝した。民主党は現有43議席から20議席を割り込み、公明党を下回る結果となった。日本維新の会はと云えば34人を擁立したが2人と現有3議席にも届かなかった。共産・みんなの両党は躍進した。自民党は昨年の衆院選では「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造」目差すとしていた。こんどの参院選の公約は原発の再稼働、原子力技術の輸出を揚げている。政策の転換によって東京都議選を圧勝したのか。この疑問に答えてくれそうなのが脱原発を訴えて立候補する俳優の山本太郎だ。さて、皆さんはこれから始まる参議院選、どの様にお考えでしょうか。

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政策が変われば

 投稿者:tomono  投稿日:2013年 7月24日(水)14時45分27秒
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   3年2カ月続いた民主党政権から、自民党政権に変わり、安部内閣誕生。年末までの2カ月半の間に日経平均株価は3割急騰、ドル/円相場は15%急落した。それから3カ月後の年度末、ドル/円は100円近くまで急落。アベノミクスへの期待感によって上昇。ファンダメンタルズ(経済の基礎的要因)の変化によって力強い上昇が期待され、この年末には15000円、復活自民党政権2年後には、リーマン・ショック前の18000円を超え、さらに大相場となる可能性をも夢ではないとも。一方、製造業はと云えば、大手電気メーカーは創業以来の大赤字決算が続き、人員整理、工場閉鎖に追い込まれ。佐久市内でもこの一年で何社かが人員整理、閉鎖が、まだまだこの様なことが、続きそうな状況にある。

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